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産土神社をご存知ですか?

◆産土神社(うぶすなじんじゃ)ってご存知ですか?
さかのぼること昨年2018年9月21日、秋分の日の前のお彼岸に私は故郷である九州の大分にご先祖さまへご挨拶しに帰郷していました。私や私の師匠(阿闍梨の高僧)からのススメにより30年ぶりに母親のお墓への納骨を済ませた院長は、私が大分に帰る度に同行してくれるようになりました。私が得度して僧侶になったのも、祖母のおかげだからです😊

それはそうと、私の本名の姓は「是永(これなが)」といいます。実は、荒牧は本名ではないんです🙂

さて、皆さまは【産土神社(うぶすなじんじゃ)】というものをご存知でしょうか?

※産土神社とは・・・自分のことを生まれたときから死後までをも守り 導いてくださる神さまがおられる神社のことを指すそうです。

正確には、自分が母親のお腹からこの世に生まれた瞬間ではなく、【母親の子宮に自分の命が誕生した瞬間に居た住所】にちなんだ神さまだそうです!

そうなると、自分がゼロ歳の赤ちゃんのときに育った住所ではない人もいらっしゃると思います。私がそうでした。

私の父方のご先祖さまが代々住んで私の両親が居る実家は、春日神社の鳥居をくぐり、春日神社の敷地内から数分の場所に位置するところにありますが、私の命が母のお腹の中で誕生した瞬間は、違う住所にいました。

父は一級建築士の公務員なので、当時、母が妊娠中は公務員住宅にいたのです。そして、その住所から私の産土神社さまが鑑定士により決定されたのですが、その住所でまた「驚く」ことがわかりました。

その「驚く」ことは、大分の歴史と文化が教えてくれました。
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◎大分の歴史と文化
http://oitahistory.jp/oitacityhistory.html
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古代(紀元前〜平安時代)・・・・「大分」の成立

「大分」の名は、(※)西暦70〜130年頃に活躍したと見られる第12代景行天皇がこの地を訪れた際、平野に開けた多数の田んぼが並ぶ様子を見て「広大なる哉、この郡は。よろしく碩田国(おおきたのくに)と名付くべし」と言って名付けられた「碩田(おおきた)」が後に「大分」と書かれるようになり、その後転訛して「おおいた」となったのが始まりとされています。

大和朝廷による全国統一が行われる前は、大分の地は何れかの豪族あるいは権力者が支配していたと見られ、その名残として市内にも亀塚古墳や築山古墳といった古墳や古墳群が東部を中心に点在しています。

古代にはこの地は「大分郡(おおきたのこほり)」と呼ばれ、現在の市中心部の南あたりに国府があったと推測されています。その一帯には、現在でも「古国府(ふるごう)」という地名が残っています。この地の民衆は早くから仏教文化を受容し、神仏に祈りを捧げていたと見られ、各地に石仏や社寺が多く建立されました。

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↑ なんと。この大分の中でも特に神仏への所縁が強い「古国府」のど真ん中の住所で私の命が生まれたことがわかったのです😲😳😃

院長は私の急成長ぶりを見ていると神仏への所縁が宿命的に強いのが産土の神さまからでもよくわかるといいます。

産土の神様はとても有難い神様で、氏神さまと一緒に拝めると、より自分を守ってくれるようになるそうです😊

私は母と一緒に産土神社さまを参拝できました。母と拝むことができるなんて感無量でした。

「産土神社」を詳しく知りたい方は、産土神社鑑定士の真壁辰郎さんが教えてくださいます。私に産土の神さまを教えてくださった鑑定士さまです😊

頼まれたわけではありませんが、ご自分に所縁の強い神様にご興味がある方はぜひご覧になってみてください^^

◎幸せを呼び込む神社◇◇◇真壁辰郎
https://profile.ameba.jp/ameba/ubusuna-jinja

大分から帰った後は、癒庵にて師匠にしっかりお清めとご祈祷をしていただき、お寺さまでもしっかりお唱えさせていただきました😌




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